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​夕方4時、春の図書室にて

夕方4時、春の図書室にて。

「失礼しまーす…随いますか?」
図書室の扉がおずおずと開かれ、現れたのは黒髪の背の高い青年。
「…いるよ、奥の書庫で整理してるさ」
「そっか、まだ終わりそうにないんだね、待たせて頂くよ」
彼の対応をした一條喜一郎は来客なしだった図書室の窓際で本を読んでいた。
やってきた青年、犀川風宵は一緒に住む儚川随を高校まで車で迎えに来ていた。
時計は15時50分をまわっている。
「まーたあの白クラウンで来たのか…」
「うん。自家用車で俺が使うのはあれって決まってるんだ。定宗さんはまた別の車だから」
「…定宗さんのってあのレクサスか…」
彼が住むところは、少し上に行った所の朽葉山温泉街の中でも評判の有名老舗旅館の一つである喰代旅館だ。
彼はそこで喰代定宗という支配人に拾われた。随はその定宗の息子だ。
風宵は年齢的には18で、現在高校三年生である自分と同じ年のはずなのだが社会人だ。
まだ初心者運転のはずなのに運転がとても上手らしく、旅館の送迎担当のドアマンにならされるべく日頃から運転をさせるように定宗が図り、随の高校への送迎を頼んでいるようだ。
「あの車、初心者運転のマークすっげえ似合わねぇな…」
北校舎3階西にある図書館からも見える高校専用の駐車場。
白く輝く上品な白クラウン。
そこから現れる手足が細い長身の男。
イケメンというよりは美人、と表現した方がいい顔。
今まで仕事してたらしく名札をえんじのジャケットにつけたままだが、ストライプの黒のシャツに白いズボンという、服の配色に容姿が見合う故に目立つ人物だ。
俺はその光景をその目立つ人物である彼が来るまで図書室の窓から眺めていた。
「あの駐車場に入るとこの坂で学校用のバス二台にはさまれてたのはちょっと笑った」
「バスにはさまれるのちょっとまだ怖いんだよね…」
「あとあんたが駐車場に白クラで下がってきた時のバス待ちの女子の騒ぎ様な、ここまで聞こえたわ。
ここの学生ではないのに校内イチ女子にモテてら」
たまに呼び出されて告白をされている姿も見る。
この春に入学してきた一年女子にまで噂されている。
そうのんきに窓際で二人話していたら奥からバサバサという音がした。
「んああああぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!???」
そしてその声と共に響くドオオォンという音。
………。
しばらくの静寂。
「…随だよねええぇぇぇぇぇ!!!????さっきの!!!!」
風宵が奥の書庫に駆けていく。
「図書室で走んじゃねぇぇぇえよ!!」
「ごめんんんんん」
 


奥の書庫の扉を開こうとした。
開かない。
あちら側に開かない。しかもいつもより扉が重い。
「…ねぇ一條さん。これって…」
「……大方、あちら側の本棚とかが崩れたりなんなりして扉にのしかかってるな。」
微動だにしない扉。
「……何も音がしないぞ…」
「まさか押しつぶされてそのまま気絶したとか…ないよね??」
とっさに身体が動いた。
書庫へ入る扉の横の窓を乗り出す。
ここは3階。もちろん窓の外は外だ。
「危ないよ、一條さん!」
「しゃーないだろ!中を確認しねぇと!…あっちも窓は開いてる!」
幸い、書庫側の窓も随が整理し始める前に自分が開けておいたのだ。
これで中に入るのは可能だな。
「よっ」
窓枠とあちらの窓枠に脚を掛けて、さっと身を書庫へ。
書庫側の扉の手前にあった本棚が横倒しになっていた。
そしてその本棚の下に押しつぶされている随の明るい髪のうねうねとした毛束が本の間から見えた。
案の定想像通りだったか。
とりあえずこの本棚を起こして、扉の前で随の上を埋め尽くしてる大量の本たちをどけないと始まらないな。
「風宵ーーー、あんたもこっちに来れないかー」
このでかい本棚、老朽化していたようで下部が壊れている。
これでは本棚を起こすなんて無理だ。何とかしてどけないと。
「うんーー!行くからーー!!!」
少しして風宵も窓から現れた。
駐車場を挟んで学校横の急な崖に生えている桜の木が、風にのって花びらを舞わせた。
その花びらが彼と共に書庫にも入ってきた。
「くっそ、イケてる奴はなにやっても少女漫画のようだな…」
その光景を見たらふと出た言葉。
「わー!随がつぶれてるよぉぉ!!!」
「この本棚下がぶっ壊れてるから起こせない。だから、どーにかしてどかすぞ」

 


完全に横倒しになっていた本棚の上と下を分担して持ち上げ、ちょっとした空間に置いておく。
随に覆いかぶさっている大量の古書をちまちまどけて積み重ねていく。
随はうつぶせだ。
そして随の上には本が一冊もなくなった。
「あー…重かったぁ」
「意識あるじゃねぇか!助けろって言えよ!!」
随はむくりと起き上がった。
「ん~、わかってきてくれるかなって思いまして。一條先輩、そこらへん察しがよろしいでしょう?ヒーロー気質ですし。
正義感故に助けに来てくれるだろうなと。そう思っていたら危うく春のうららに眠りに誘われまして…へへっ」
ぼけっとした顔で彼はそう答える。
「はぁ…。ま、無事で何よりだけどよ…」
呆れた顔でそう言うしかなかった。
随はいつもこんな感じのやつだ、仕方ない。
「…では、一條先輩。お礼と言っては何ですが、何か致しますよ。」
「え、いいよ。書庫の整理自ら一人でやると言って聞かずにやってくれたし。」
「そこは自業自得でしたから~。あと、それは先日僕が先輩に仕事押し付けちゃったときあったから、それのお返しのつもりでした。
せっかく僕が何かやってやるぜって言ってるんです、聞いてくれたらどうなんです」
真顔でそういう随の顔がずずずいと迫ってきた。
埃っぽい書庫に入った日の光が随の明るい毛を輝かせた。
「……んじゃー…わかったよ。…花見するか。」
思いついたのは桜の花見だった。
随は訝しげな顔をする。
「…先輩、もう桜散りかけてると思いますけど」
「いいじゃねぇか。明日の16時頃、駐車場の風宵の白クラに食べたいもの持って集合」
「はーーーーーーーーーーーーーーー!?」
唐突に開催場として提案されたのが自分の車で、風宵がいつもより高い声を出した。
「どうせ料理用意するの風宵だし、つまりは風宵の貸し出しかな?僕権限で許しましょう!」

 

 

翌日夕方15時50分ごろ。
俺と随、両者ともに今日は図書委員の当番がないうえに、俺の方の剣道部は休みだ。
「はー、女子たちの視線があっついわ~騒がし~」
これが白クラからの眺めか~と白クラウンの後部座席のドアを開けたまま外を眺め、サンドイッチにかぶりついていた。
「今日友達のバスケに付き合ってたら昼飯取り損ねて、まじ午後空腹だったからうっまいわぁ…」
レタスとスクランブルエッグにマヨネーズ、ツナも入っている贅沢なサンドイッチ。
今日は休日だった風宵が昼間に作ってくれたらしい。
「おーーーーい、一條~~!お前何やってんだ~~~!?」
バスに乗り込んでいた友達が窓を開けて、白クラで堂々と飯を食う俺に大声で訊いてきた。
「んあ~~花見だ、花見ー。良いだろ~~」
「良いとこで食ってんなぁお前ーーー!贅沢だわー!」
バスからも邪魔にならない、かつ駐車場横の急斜面の崖に咲いた桜たちがよく見えるような角度で駐車された白クラは、バスに乗り込んだ生徒たちに凝視されていた。
『まもなく発車します』という運転手の声に焦って走りのる生徒たちを眺めながらおにぎりにもかぶりつく。
「ねぇ、風宵。クッションで横になりながらクッキー食べたい。」
随がそう言うと、はいはいと答えた風宵が運転席から外へ出た。
するとバスに乗っていた女子生徒たちの黄色い声が聞こえた。
「今日はお休みだったのかなぁ!ラフな格好だよ~~!」
「何着ても似合うよね、あの人!スタイル良いし!」
きゃあきゃあと噂し始める女子の声がバス内に充満する。
「ですってよ、風宵さん。聞こえたかー?」
聞いてるこちらが恥ずかしくなるような話ばかりだ。
それが風宵自身にも聞こえているだろうに、微笑をはりつけたまますましているのでからかってみる。
「うーん…なんか、いつも恥ずかしいなぁ…」
「ですって、随さん。聞きました~?」
随にも話を振ってみると眉根を寄せて、複雑な表情をした。
外に出た風宵はトランクを開け、でかいクッションを取り出した。
随は一応持ってきていたピクニックシートを俺の前のアスファルトに敷き、風宵から受け取ったクッションを下にして堂々と外で寝転びながらクッキーをむさぼり食べ始めた。
「…僕の風宵がモテるのは嬉しいけど、僕の風宵だからね。僕のなんだからね、って言ってやりたい。」
あー、そういうことかー。つまりは嫉妬ですかね?いや、何ていうんだっけこういうの。しかめた表情の意味を理解した。
って、『僕の』ってなんだよ。
対する風宵は『僕の』と言われて満更でなく、少し照れた後にはにかんでいた。

「随くんうらやましーことしてるー」
「儚川すげーー」
すぐ隣の駐輪場から自転車を押してきた随のクラスメイト達がこちらへやって来る。
「あー…小川さんと宮野~。いいでしょ~、お花見。二人もそろってアベックでデートで、どうせ花見ももう行ったんでしょー」
「もちのろんー。今年も駅前公園の桜並木きれいだったよー。じゃー楽しめよ~、じゃな!」
その話からするとあの二人はカップルらしい。
青春だなーとか思いつつハムチーズ串を頬張る。
15時55分をまわって、バスが発車する。
随の横に腰を下ろした風宵の赤いケープが風に揺らめく。
そしてぶわっと吹いた突風により桜の花びらが、持ってきた食べ物たちと自分たちにくっつく。
「あは、随。鼻に花びらくっついてるー」
風宵がそう笑いながらサンドイッチを口に入れる。
「花弁に呼吸を邪魔された。花見って感じがするな。」
俺は透明なカップに入った冷やされたフルーツ杏仁豆腐にスプーンを突っ込む。
白い杏仁豆腐になんだかよくわからないけど甘いシロップがかかっていて、ミカンが埋もれている。
「うま。うまー」
それも早々に食してもまだまだ腹の空きが満たされないので、分捕っておいたお弁当箱の中のかつ丼にはしを差し入れた。
細かく切れて敷き詰めてある飴色の玉ねぎに乗っかるかつ4切れ。茶色いタレと合わさった甘じょっぱさ満点の黄色いたまご。
お洒落気に乗せられた細かな青のりと三つ葉。隅に置かれた紅ショウガ。
かつにしみわたっている甘タレはご飯まで甘さを行きわたらせていた。
食えば食うほど腹が減る状態の俺の腹にかつ丼のうまさが染みわたってがつがつとはしをとまらなくさせる。
かつ丼もたいらげた俺は次にヤキトリに手を出した。
「うま…うましゅぎ…」
モモタレ、ネギま、レバー、軟骨、つくね、ぼんじり…そのまた全種の塩タレ版まで用意してくれたなんて。
「一條先輩!花より団子すぎます!食いすぎ!食いすぎーーー!」
随に怒られた。
彼らはまだサンドイッチとクッキー、杏仁豆腐ぐらいしか手を付けていなかった。
用意した風宵自身は小食なのに、こんなに用意してくれたのだから食べるしかないだろーって言いたい。
まぁ、いつも俺がよく彼らの家に遊びに行った際にいただく夕飯で、常に暴食してしまうのに慣れてるせいか。
本音を言うとめっちゃうまいし有り余る食欲のせいで手がとまらない。
「うま…すぎて…むぐ」
がつがつ口に食べ物を放り込んでいく俺をきょとんと見ていた風宵がふっと笑った。
「ふふ…!おいしそうに食べてくれて俺は嬉しいな。用意した甲斐があったよ」
「……そうだね。よかったね風宵。あ、風宵。口の横になんか食べもんついてる」
随が風宵の顔に手を添え…             口元を舐めた。
!?
「なっ…舐め…!?」
「むぐぅっ、ぶほっぶほぉっ!?」
ぺろりと舌なめずりする随。
「これは舐めるチャンスだなあと思いまして~…」
いくら仲がいいからって人目あるここで、人に見られたら何か誤解されるんでは。
この学校では不思議で変人だと有名な、随らしいっちゃ随らしい奇行におもわずむせた俺は、食べ物のかすが体内の変な方へ行っちゃったらしく、しばらくせき込んだ。

 

 

用意された料理の五分の三を俺が平らげた、夕方16時30分にこのお花見はお開きとなった。
「おーーーーーいしかった!満足!」
「それはなによりです、先輩」
「ふふ、よかった。お花見楽しかったね」
そう言って片付け終えた風宵が、開いていた俺の座席の扉を閉め、車のエンジンをかけた。
「えっ」
「今日も送りますよ、一條さん。随を昨日真っ先に助けてくれたお礼です、いいでしょう?」
運転席から首をこちらに向けて風宵は微笑んだ。
「……是非もなし、だな」
この言葉、使い方あってるのか?と多少疑問を持ちながらノリで使ってみた。
「なんなら今日、また先輩泊まりに来ちゃえば?あ、夕飯もう腹に入らないか!」
「んあ、そこまでさせちゃお邪魔でしょうよ。いいよ、今日は。また後で泊まり行かせて。」
「ちなみに腹は?」
「まだ入る。」
あははは、と声をあげて随は先輩らしいと言いながら助手席のシートベルトを締める。
俺もシートベルトを締めた後、風宵は車を発車させた。
そして門までの坂を上っていくと、逆に門側からやってきた車とすれすれのすれ違いをすることになる。
風宵は車をぎりぎりまで道の端に寄せ、お先に動いてくださいというように車を止めた。
すれ違いを果たした後、風宵は「この坂だと、坂道発進になるんだよね。まだ苦手なんだけど。」と言いながらサイドブレーキをあげてスムーズに発進させた。
この学校から少し上にある、けれど温泉街までは上らない位置にある団地の俺の家に向かうまでは坂道が多々ある。
苦手と言いつつ慣れている運転には、たとえ初心者マークがまだついていても安心していた。
初心者には思えないくらい、風宵は運転はうまい方だと思う。
自分は卒業したら電車の便が良い都心に出る予定なので、免許はまだしばらくいいかなと思っているが、自分はあまり運転に向いてなんじゃないかとひそかに思っている。
きっとエンストばっかりするんだろうなー…。
まだMT車が主流で、あまりAT車は走っていないけど、AT車がいいなあと思う。

「後ろの車がなんか煽って来るなぁ、あまり気にしたくないけど、少しスピード上げとこう」
幸いここは坂ではなく、平坦な一本道だった。
風宵はギアをあげた。
少し早く進む車は家までの残りの距離を短くしていく。
こうしてこいつらと一緒に家に帰る…なんてことも今年で最後になるのか。
そう思うと寂しくなって、なんで俺は県外の会社受けようと思うんだろ…と友人を優先したくなる考えにまで至る。
でもどうせ、卒業したら学生時の友達なんてなかなか会えなくなるだろう、とも思う。

 

 

あぁ、でも。

 

 

「また、来年も…今度は定宗さんも入れて、みんなでお花見しようぜ」

 

 

随が後部座席を見やる。
風宵は一瞬だけルームミラー越しにこちらを覗いた。

 

「「うん」」

 

「毎年やろう、先輩」
「また、来年、思い出を作りましょう。一條さん。」

 

満場一致の意見に、全員がはにかんだ。
あぁ、やっぱりこいつらといると心地が良い。
この二人の笑顔をもっと見たい。守りたい。
来年も、その先も、ずっと、こいつらと幸せな思い出を作っていきたい。
心からそう願った。

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