前世と来世(眇の妖狐・Sif)
「ねぇ妖切、昔お前はこんなことを聞いてきたんだ。」
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「なぁ、生き物には前世と来世っていうのがあるらしいぞ。せーもんは知ってる?」
妖切が山菜取りから帰ってくるなり、いきなりなんだか彼らしくない単語が出てきた。
普段妖怪退治屋の仕事以外では狩りやらご近所さんの手伝いやら町の金持ちの庭の手入れやらをしていて、本は読まないし宗教的なことも関わりがないような彼だ。
窓辺で貸本屋から借りた本を読んでいた清門はどこからそんな言葉を知ったのか不思議に思う。
「…聞いたことあるよ。でも妖切、そんな言葉誰から教えてもらったの?」
妖切は土ヨゴレがついた着物のはしを端折って、清門の前に寝そべった。
「さすがせーもん。御狐杜 白漸の相棒の…悟りのひとと今日たまたま山であって一緒に山菜とった。」
御狐杜 白漸(みこもり はくぜん)とは神狐杜山の神様になっちゃった(自称)九尾の白狐で、常に誰かしら他人の顔を借りていて元の素顔を見たことあるのは相棒で従者の悟りの妖怪・柊くらいしかいないらしい。
「…柊さんね。って、えっ?あの人普段地獄絵図ばっかり描いてるのに?山にいたの?」
神狐杜神社のありとあらゆる場所に地獄絵図を描いてしまうほどの人で、境内外へ出てる印象は持てないような引きこもりらしいひとなのに。
「なんか、豊賀町にうまいうどん屋があるらしいよ。そこ行く途中だったみたい。で、いろいろだべてたんだけど、前世と来世って話になってさ。」
「へぇ、豊賀だと古澤屋のことかな。…それで?」
古澤屋は名前は聞いたこともあるし隣町だが行ったことのないおみせだ。
柊が以外に引きこもらずに絵に費やす時間も後にして美味しいものには飛びつく奴で、たまたまあったらあったでその人と時間をつぶすこともあって、汚れる山菜取りも手伝うことはあるひとということはわかった。
でも妖切の振った話題の本題、妖切が言いたがってることがある様で。
「ねぇ、清門は来世、どうありたい?」
◇◆◇
『私はきっといま特別そんなに徳というものは積んでない。…だろうから、決して来世では常に幸せであるとか、愛情に溢れていて何一つ困ることない様な人生ではないだろうね。
まあ、またこんな感じのなるがまま、するがまま、っていうような…?そんな人生なんじゃないかなあ。私もそれが一番だ。うん、自然に、自然に。
だけど復讐心を持たらざる得なくなるようなコトが起きなければいいなぁ。平穏に、平穏に。
あっ、あとそうだな。また次の世でも父さんや母さん、光出くんや海鈴くん、緋鳴さんたちみんなに出会いたい。
それで、妖切、お前にまた会って、親友になりたいな。
最初はまた喧嘩ばかりかもしれないけれど。
あぁ、今の記憶…後の前世である私の記憶を引き継いだら楽しいかもしれない!
……なんてね!』
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「…って、私その時答えた」
時は現在、今そう言ったのは色素の薄い長髪で、民族衣装らしい布をまとった青年だ。
「うん、まるっきり覚えてないし、思い出せない。俺が妖切だったなのかもわからないし。っていうか今妖切じゃないし。陽一だし。」
昔の街並が今も残り維持され観光名所となった古樫町の吉良和装店の前で、陽一は会話しながら花壇に水をあげている。
「私は確かに三珠埜 清門だった。」
「でも今はエンディアラって国の外人さんで、シュカ・イドゥ・フィアンデラ、20歳男性、職業モデルの人間だろ」
シュカが今まで一度も日本へ来たこともない外人なのに、日本語がサラサラ話せるのは前世の記憶あってこそだ。
シュカの生まれたその国のある地域では前世の記憶を生まれてからも引き継いでいる者が多く生まれるところらしい。
兄の布製造・衣服販売関係の仕事の日本でも販売するための商談の旅についてきて、三珠埜家が現在どうなっているのかを知りに来たのだ。
そして遥々来た古樫町で陽一に出会い、世話になることになったのだが、どうにも妖切のいた吉良家の子孫ということだけでなく、妖切らしい仕草や思考・嗜好を見て彼が妖切の生まれ変わりだと思ったのだ。
花についていた緑色のむくむくとした芋虫を見つけて陽一は真顔で素手でつまみあげる。
「でもあなたは今回も日本人で、吉良 陽一、25歳男性、職業は家業の和装店……」
「まだ今を確認しないと俺を妖切さんとして見ちゃうのか…。どうせ容姿も違うだろうに。俺は結構読書家だぞ。インドアだぞ。まぁ一時期トラックの運転手やってたけど。」
つまみあげた芋虫をシュカの目の前に差し出す。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!????なにするの妖切!!!!!変わってないんだからーーー!!!!虫は嫌だ苦手だ嫌いだ好きじゃないって散々言ったのに!!!!ばかーーーーーーーーっ!!」
シュカは髪を振り乱しながら頭を横に振り、両手を目隠しに使いながらわめいた。
「あはは、わめくなわめくな~。おちつけ~~。」
「っじゃ、じゃあ!そのいもむち…芋虫!を!私のわからない野に放してきて!!」
「わかった。じゃあそのまま目隠ししてろよ。…はい、野に放したぞ、お前の見えないところに。」
そろそろと両手をカーテンのようにスライドして開いていく。
「んで、さっき俺のこと、また妖切って呼んだぞ。思いっきり妖切さんだと思い込み始めてるぞ。お前。」
「えっ…そうだった…?」
「あぁ。俺は陽一さんだぞ。陽一さん。吉良 陽一25歳独身彼女なし和装店営んでるインドア寄りだけどスキーとかも好きな何系でもない感じの身長184センチ好物件。はい、復唱どうぞ」
ぽけっとしていたシュカの顔が復唱と聞いてきりっとした顔になる。
「あぁ!俺は陽一さんだぞ!陽一さん!吉良 陽一!25歳!独身!彼女なし!和装店営んでる!インドア寄りだけどスキーとかも好きな何系でもない感じの!身長184センチ!好物件!はい!復唱どうぞっ!」
綺麗に復唱したシュカは誉めろと言わんばかりのドヤ顔だ。
「あぁ…俺は陽一さんだぞ。陽一さん…って!あやうくまたこっちが復唱するとこだったじゃねぇか!!って綺麗に完コピできてすごいな!!でもその言い方だと名字主張する髪の薄い芸人みたいだぞ!!………っっじゃなくて!本題なんだっけ!?」
誉められてうれしそうに両手をあげてくるくるしているシュカがピタッと止まった。
真顔になって陽一の方に身体の向きを戻す。
「『前世に妖切から唐突に来世どうありたいか聞かれたことがあったんだよ、で、前世に語った来世にどうありたいかっていうのがね、』っていうところでちょっと話を陽一から踏み外した気がする!」
「あぁ、そっかごめんごめん。……で、ほんとにその清門さんが今に記憶引き継いじゃって、俺にあったわけで、喧嘩はシュカが清門さんの記憶引き継いでいるうえに温和で心ひろーい俺だからこそないが、親友にはまだなれてない関係で…って感じか。」
今現在を生きる陽一にもちろん妖切の記憶は引き継がれていない。
だけど自分が引き継げてしまったのだから、前世の記憶を掘り出して語っていけば思い出してくれるかもしれないと思って話し始めたシュカだったが、生憎陽一に変化はない。
「清門さんからすると、またイチから始め、って感じ?申し訳ないね。でも日本じゃ前世の記憶持ってる人なんて全然いないんじゃないかな、いたらテレビにでも出るんじゃないかな」
そうさらっと薄笑いで言う陽一を見てシュカは残念そうな顔でうつむいた。
でもそのがっくりしている顔を見て陽一は、その表情は記憶を引き継いだシュカ自身が感じたからできたものなのか、それとも記憶で生きている清門自身がシュカにさせたものなのかわからないなと考えていた。
清門は記憶としてシュカの内側にいるような感じをさせているがむしろシュカに覆いかぶさっているようなんじゃないかと”清門の記憶”が自分の前に出てくるたびにそう感覚的に感じ始めていた。
まぁ、それは清門を知らない自分だから、シュカに清門らしさがあるのかわからないからシュカに清門が”ウツってる”感じがしているのかもしれないとも思った。
「……でも、復讐心は持ってない。ないよ…。うん、平穏で、平穏」
「でも悪いことじゃないけど前世の記憶を持ってるってこと自体」
「自然じゃない…?自然ではない…の、か。……後の前世である私の記憶を引き継いだら楽しいかもしれないなんて、みんな引き継いでいなければ…それこそ今の私が孤独じゃあないか……!」
うつむいていてよく見えないがシュカが涙目になっている気がした。
「その”私”ってシュカなの?清門さん?」
「……ねぇ、何で思い出さない?思い出せない?私結構妖切のことあなたに話した…なのにかけらも思い出せない?」
顔をあげたシュカはやっぱり涙目だった。
「…どっちだ…?っていうかこれまたか…何度目だこれ…ほぼ毎日こんな風になるな…」
「ねぇ…妖切でしょう…あなたは確かに妖切………」
「清門さんか。なぁ、あなたは俺に妖切としても記憶を思い出してほしい様だけど、俺は吉良 陽一。陽一さんだぞー。俺はいままで妖切としての記憶は持ったことないし、これからも陽一として生きてくつもりだ」
「”さん”が消えたね…」
「えっ」
「いままで妖切さんって呼んでたじゃない…」
それを聞いた陽一は眉間にしわを寄せてんんん~~~~!とうなり始めた。
これはうつったんだ!そう陽一は信じる。
するとその顔を見たシュカが唐突に笑い始めた。
「あはははははははははは!!!!なにその顔!!おもしろーい!!!!!どしたのうなり始めちゃって!陽一面白ッ…!あははっ!!」
「…えぇっ??」
あぁ、陽一って呼んだから、もうシュカがシュカらしく戻ったのだとわかった。
「陽一といると楽しいよ!親友になれるように頑張る!」
「…ええぇぇっ??あぁ、う、うん。頑張りたければ頑張るがいいよ」
「そういうこと言うよねー…むぅ…」
シュカはぶーっと口を尖らせたが、笑顔に戻りピョンピョン跳ね始めた。
「ねぇ!夕飯はなに!今日の!陽一のつくるゴハン美味しいから楽しみなんだぞ!」
「うしろ」
「えっ」
ぷちっていうような音がした。
シュカは顔面を白くさせながら自分の靴のかかと部分を見た。
そこには緑色の液体が付着していて、地面にはむちむちが破れた芋虫の死体が。
「いやあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!野に放ってっていったじゃないのおおおおおおおおおぉおぉぉぉぉぉぉ!!!!!ああああぁぁぁぁぁ!!!いもむち!!!!いもむちちゅぶした!!!!!うああああん!!!!」
「シュカの見えないとこに放したんだけどな~、この虫シュカのことが好きだったんじゃないか~?あはは、おちつけおちつけ~」
陽一はシュカの肩に手を置いた。
「その手!!!芋虫つまんだ手だよね!!!!???洗ってーーーーーーーー!!!!さわんないでーーーーーー!!!」
シュカは靴を脱いで家の奥へ走っていった。
「あはは、芋虫に復讐心持たれなきゃいいな~~~」
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▼あとがき
ヤマなし!オチなし!( ◠q◠ )
うーん、本編の一部みたいな感じになっちゃった。